エンジニア単価は、社会情勢や法制度の改正、大型プロジェクトの動向などさまざまな要因によって毎年変動してきました。本記事では、一般社団法人日本ニアショア開発推進機構がまとめた過去8年のエンジニア単価推移データをもとに、単価変動の背景や要因について解説します。
過去8年間のエンジニア単価の動向には、以下のような社会的背景が強く影響しています。
大規模なシステム刷新案件により、「IT技術者不足2015年問題」と呼ばれ、社会問題化しました。みずほ銀行システム刷新35万人月、日本郵政システム刷新、マイナンバー制度システム構築等が同時進行し、特需の様相を呈しました。大型案件のリリースが始まる2018年以降も需要の高まりは収まらず、新型コロナウイルスの影響が出始めるまで、慢性的なエンジニア不足となりました。
第2次安倍政権において、安倍晋三総理(当時)が表明した「三本の矢」(大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略)を柱とする経済政策により、経済活性の機運が高まりました。円安誘導や株価上昇によって企業収益が改善し、設備投資や雇用が徐々に拡大するなど、一定の成果が見られました。また、地方創生の取り組みも強化され、地域経済や地方雇用にも波及効果が及びました。これに伴い、公共・民間を問わず大型プロジェクトが多数動き出し、IT投資も加速。エンジニア需要が高まり、単価上昇の一因となりました。
2015年に施行された改正労働者派遣法により、特定派遣制度の廃止、派遣期間制限の見直し、労働契約申込みみなし制度の導入など、大きな制度改正が行われました。特定派遣の廃止には猶予期間が設けられていましたが、その期限となる2018年には、駆け込みで一般派遣の許可申請が相次ぎました。一方で、一般派遣の許可取得に必要な資産要件を満たせない中小システム会社も多く、そうした企業は取引先との関係を見直さざるを得ない状況に追い込まれるケースも目立ちました。この制度変更は、業界構造や企業間の力関係にも影響を与える要因となりました。
働き方改革関連法案が可決され、残業時間の上限規制が大幅に強化されました。もともとエンジニアの不足が課題となっていた状況に加え、時間外労働にも厳格な上限が設けられたことで、さらなる人手不足が深刻化し、エンジニアの需要が一層高まりました。
2018年、経済産業省が発表した『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』が大きな話題を集めました。このレポートは、多くの企業が抱えるレガシーシステムがDX推進の大きな障害になっていることを指摘し、対応を怠った場合、2025年以降に最大で年間12兆円もの経済損失が日本国内で生じると警鐘を鳴らしました。この衝撃的な内容は、企業におけるDX推進の機運を一気に高める契機となりました。
国内のシステム開発では長年、エンジニアが客先に常駐する形態が主流でしたが、新型コロナウイルス感染拡大を契機としてテレワークが急速に普及しました。テレワークでも十分な開発成果を挙げられることが広く認知されたほか、遠隔地や時間的な制約があるエンジニアでも業務参加が可能となるため、テレワークの活用を積極的に推進する大企業が増えています。
トランプ政権(第一次)の頃から始まったとされる米中経済摩擦が一層の高まりを見せました。日本も米国に歩調を合わせる一方、レアメタル等を中国に依存しているため、外交的に慎重な立場を取らざるを得ない状況となっています。
2020年、約120年ぶりに大規模な民法改正が施行され、システム開発の分野にも大きな影響を及ぼしました。改正の最大のポイントは、「瑕疵担保責任」が廃止され、「契約不適合責任」という新たな概念が導入されたことです。これにより、従来は瑕疵担保責任で扱われてきた内容が、契約の合意内容に適合するか否かという視点で判断されることになりました。
ChatGPTを代表とする生成AIの活用および研究が急速に進展しています。あらゆる職種で業務の代替が進むと予測される中、システム開発分野においても、特にマイグレーションなどの業務で生成AIを活用し、大幅な工数削減を実現する取り組みが増えつつあります。
米中経済摩擦やカントリーリスクの高まりを背景に、中国を中心としたオフショア開発拠点からの撤退・縮小が相次いでいます。円安が進んだことで円元レートもここ数年で大きく変動し、中国国内の人件費高騰とも相まって、かつてのようなコストメリットが薄れつつあります。そのため、多くの企業が新たな開発リソースの確保手段として、国内回帰を急速に進めています。
公正取引委員会の「価格転嫁円滑化の取組」は、原材料費や労務費の上昇分を中小企業が適切に取引価格へ反映できるよう支援する施策です。2023年には「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」が策定され、発注側と受注側の適正な交渉を促進しています。また、価格転嫁の実態調査や違反事例への是正指導、公表も実施しており、独占禁止法や下請法に基づく厳正な対応も行われています。
エンジニア単価は、社会情勢や法改正、大型プロジェクトの動向など、多様な要因が複雑に絡み合って推移しています。今後も、これらの要因を注視しつつ、予測を立ててリソース計画を考えていく必要があります。
過去10年分のエンジニアの役割・レベル別単価推移はこちらのレポートにて確認いただけます。